早いものでComputex 2015の閉幕から1ヶ月以上が経った。このあたりで、最強のヒートシンクを探して会場を彷徨った時のことを振り返ってみたい。
多数のラインナップと独自の技術が目を引いたID-Cooling
Computexに出店していたCPUクーラーメーカーの中で、特に目を引く展示を行っていたのがID-Coolingだ。同社は日本に販売代理店がないため、国内ショップの店頭で同社のCPUクーラーを見る機会が無いことも興味を惹かれた一因だが、空冷ヒートシンクの豊富なラインナップと、同社独自の熱輸送機構が筆者を惹きつけた。
ID-Cooling独自の熱輸送ユニットというのが、上に掲載したベースユニットとヒートパイプ形状の管を一体化させたものだ。原理としてはヒートパイプやベイパーチャンバーと同じもののようだが、CPUから受け取った熱をそのまま放熱ユニットへと輸送できるのがこのユニットの強みだ。CPUから放熱ユニットへ熱を直送するという方法は「ヒートパイプダイレクトタッチ」と似ているが、CPUと触れる面積の違いによってパイプごとに熱量の偏りが出てしまうヒートパイプダイレクトタッチに対し、ベースとパイプを一体化したID-Coolingのユニットなら、ユニット内で熱の拡散が行われるためパイプをより効率的に活用できるように思われる。
理屈の上では少ないロスでCPUの熱を放熱ユニットへ輸送できそうなID-Coolingの独自ユニット。テストする機会が得られるようであれば、その実力を明らかにしてみたい製品だ。
周辺冷却を強化したオールインワン水冷ユニットが目を惹いたCRYORIG
CRYORIGと言えば、著名なCPUクーラーメーカーのエンジニアが集結して立ち上げた新興ブランド。これまで、ハイエンド~ミドルレンジの空冷CPUクーラーを展開している同社だが、Computexの目玉として展示していたのはオールインワン水冷ユニット「A シリーズ」だった。
水冷ユニットそのものは、ポンプ一体型の水冷ヘッドと2連ファンタイプのラジエーターを組み合わせたありきたりなものだが、「A シリーズ」のポイントは水冷ヘッドにCPU周辺パーツ冷却用の小口径ファンをマウントしたところにある。
CPUへのチップセット統合や、VRMの高効率化により、CPU周辺冷却の必要性は少なくなりつつあるが、ハイエンドCPUクーラーがターゲットとするハイエンドプラットフォームや、オーバークロック環境下では、依然としてVRMの冷却は重要だ。しかし、CPUの発熱を離れた位置にあるラジエーターで行うオールインワン水冷の方式には、CPU直上でファンを動かす空冷CPUクーラーに比べ、CPU周辺パーツを冷却するためのエアフローが弱いという弱点がある。これを小口径ファンを水冷ヘッドにマウントすることで解消しようというのが、CRYORIGのA シリーズなのである。
実際のところ、Intel LGA2011-v3など、VRMの実装面積が限られるにも関わらず、CPUが大きな電力を消費するプラットフォームでは、この周辺冷却用ファンは大いに活躍することだろう。
と、実用的なオールインワン水冷の進化に注目して脱線してしまったが、肝心の空冷CPUクーラーについては、展示されていた新作は、H5 Universalの派生モデル「H5 Ultimate」、小型サイドフロー「M9」、小型トップフロー「C7」に留まり、Computex直前に発表されたハイエンド空冷CPUクーラー「Z1」の展示は無かった。
新作空冷CPUクーラー以外の展示では、同社フラッグシップCPUクーラー「R1」をデコレーションするカラフルなファンブラケットや、サーマルグリス「CP シリーズ」、電源ユニット「Pi シリーズ」などが展示されていた。
空冷ハイエンドの新作展示が無かったことは残念だが、全体的にCRYORIGならではの一捻りが効いたユニークな製品が多く、今後の展開も期待できそうな印象だった。
堅実にヒートシンクを改良するNoctua
ハイエンドCPUクーラーメーカーとして、製品のクオリティの高さで知られるNoctuaのブースでは、Computex直前に発表したハイエンドCPUクーラー「NH-D15s」と「NH-C14s」を見ることができた。
NH-D15sは2014年発売のNH-D15、NH-C14sは2010年発売のNH-C14をそれぞれベースとして、搭載するファンを2基から1基に減らすと同時に、ヒートシンクも改良した新モデル。ヒートシンクの主な変更点としては、NH-D15sはヒートシンクとマザーボードの拡張スロットの干渉を回避すべく放熱ユニットをオフセットする設計を採用。NH-C14sは6本のヒートパイプの他に放熱ユニットを保持する支柱を追加した。
150mmの大口径ファンを採用するNH-D15は、優れた性能と高い完成度が魅力の製品だが、その大きすぎるヒートシンクが仇となって、PCI Express x16スロットを最上段位置に備えるハイエンドマザーボードとの組み合わせが厳しかった。NH-D15sは、このハイエンドマザーボードとの組み合わせ難を改善した。
Noctuaブランドにおいて、サイドフロー型とトップフロー型のフラッグシップモデルであるNH-D15sとNH-C14s。大幅なスペック向上や奇を衒ったデザイン変更は無いが、堅実に製品を改良していくNoctuaの姿勢は、品質と完成度で高い評価を得ている同社らしさを感じるものである。
展示自体は少なくない空冷CPUクーラーだが、ハイエンドは水冷に押され気味
さて、特別目についたクーラーメーカーをピックアップしてみた。もちろん、他にも空冷ヒートシンクの展示は多かったのだが、大半は既存製品の展示が中心で、インパクトのある新製品の展示を行っているメーカーは少なかった。特にハイエンドクラスの大型ヒートシンクの展示は少なかったが、これは水冷やCryorigも展示していたオールインワン水冷ユニットの躍進によるものだろう。
実際、Computex 2015の会場では、水冷ユニット搭載デモンストレーションマシンを多く目にした。イルミネーションやクーラントのカラーリングで派手な見た目を構築できる水冷ユニットが、展示会であるComputexの性質にマッチしていることも一因だが、PCケース自体が水冷ユニットをサポートするようになったことが大きい。かつて240mmやそれ以上の大きさのラジエーターを内蔵できるケースはごく限られていたが、オールインワン水冷の登場以降、大半のケースが大型ラジエーターを搭載できるようになり、側面パネルに窓を設け、内部構造を見て楽しめるようになってきた。
ケース側の最適化により、高い冷却能力を持つ水冷クーラーが組み込みやすくなった現在、冷却能力を志向した空冷ヒートシンクの上級モデルが苦境に立たされるのは自然な流れだ。結果として、空冷CPUクーラーメーカーの多くが、強力な新製品よりも既存製品や、コストを抑えた低廉な製品の開発にシフトしつつある。Computex 2015では、そんな雰囲気を感じた。
そんな中で、ハイエンドヒートシンクの改良を続けるNoctuaや、新機軸を用いたハイエンドCPUクーラーを作るID-Cooling、見た目をカスタマイズするという発想を持ち込んだCryorigは貴重な存在だ。高性能ヒートシンクという選択肢が途絶えないためにも、これらのメーカーの奮起に期待したい。

CoolerMasterの新作CPUクーラー「MASTERAIR MAKER」。同社のバーティカル・ベイパーチャンバーと、ベースユニットのベイパーチャンバーを接続したような「3DVC」という新機軸を投入。理屈はID Coolingのユニットと同様のものだ。